劇団イナダ組 第28公演「アレカラノコト」
〜作・演出 イナダ〜
観劇レポ <ストーリー編>
下手側・居間、上手側・本やレコードやCDが整然と並ぶ個室のリアルセット
セット上部にはスクリーン。
スクリーンにはシーンごとのタイトルやメールの内容の活字が映し出される。
高野順平(江田由紀浩)は引きこもっていた。
ライターの姉・恭子(棚田佳奈子)はラジオドラマの執筆中。
ぽつりぽつりと脚本について質問する順平を見て
「やってみないか」と誘うが「向いていない」と取り合わない。
乗り気ではない仕事に愚痴をこぼす恭子に「じゃあやめたら」と言い放つ順平。
自分が働かないと弟と二人食べていけない。
そんな言葉が順平を部屋に追いやる。
姉の言葉は常に下から伺いを立てるようだった。
決して上から押さえつけた言い草ではなかった。
「爪噛むんじゃないの・・・やめたら、その癖。
洗濯物は出してね。空いた食器も片付けてね。姉ちゃん部屋に入るのいやでしょう。」
決して部屋に入らす戸口に立ったままの姉の小言に耳を塞ぐ。
二人きりの家には息苦しい雰囲気が漂っている。
毎日毎日、家から一歩も出ずにパソコンと向かい合う日々の順平。
唐突に始まる合コン後のワンシーン。
3人と3人の男と女。
太った男・スガヌマ(河野真也)に、一番器量の良くない女性(野村千穂)を押し付けて2 ショットに持ち込もうとする男たち(飯野智行・岩尾亮)。
スガヌマが空気を読めず失敗。
女達(山村素絵・出口綾子)は帰ってしまう。
どこからともなく「シバタ」(川井"J"竜輔)という男が現れて、
順平のパソコンを覗き込む。
「それから、どうなった?」合コンのその後を訊く。
「スガヌマがさぁ・・・知ってるだろ、スガヌマだよ」
リアルに語って聞かせる順平。
引きこもっている彼が一体いつ合コンなど出掛けたのか?
ありとあらゆる事をしつこく質問するシバタ。
姉には突き放した口を利く順平は嫌がる様子もなく
「お前もヒマだな、他にする事ないのかよ」と言う。
「それが俺の仕事だから」。そう答えるシバタ。
シバタは順平のパソコンの中身も勝手に覗き見る。
その中に一通のメールがあった。
山口かおり(小島達子)という女性から
「私を覚えていますか?」
ある掲示板で高野順平という名前を見つけて、
私の知っている高野順平さんですか?とメールを送ってきた。
覚えの無い順平は、ただのイタズラかもしれないのに
頭の奥深くにその名前が眠っているような気がしてならない。
「山口かおり探し」のために
幼い頃からの記憶を順に辿り始めた。
呼び起こした記憶をメールに綴り、山口かおりに送信する日々。
いつまで経っても山口かおりの記憶にぶつからないが、
懐かしい記憶と共に呼び起された当時の気持ちを、ひとつずつ。
想い出の中にはいつも、太ってどんくさくて冴えないスガヌマ(河野真也)がいる。
山口かおりは感想を返信、順平はまたひとつ記憶を送信、
やりとりが続く。
≪スガヌマくんと鳩≫
小学校の頃。
「鉄の魔女」とアダ名される女教師(庄本緑子)の元、
押さえつけらた日々に不満が爆発寸前の小学生たち
(河野真也・飯野智行・岩尾亮・加藤和也・山村素絵・出口綾子・野村千穂)。
ある日、
出来が悪く鉄の魔女にいつも目をつけられていたスガヌマを中心とした事件が起こる。
「好きなもの」というテーマで作文の宿題を出された。
素直に好きなものについて綴った文章を朗読する子供達。
ある女子児童は、大好きなたのきんトリオについて書いて鉄の魔女にけなされる。
スガヌマは50羽も飼っている「鳩」について書いた。
いつもはおどおどしているスガヌマも、大好きな鳩について書いた作文を朗読するうち
表情がみるみる生き生きしはじめた。
勉強も忘れて、何も手につかなくなるくらい夢中になって鳩の世話をする。
鳩が大好きで大好きでたまらない。
お父さんは帰ってこなくなったから、僕は鳩をお父さんだと思うことにした。
鳩はどこで放しても、必ず家に帰ってくる。
僕は鳩が大好きです!
作文に感動して歓喜の声を上げる同級生。
しかし鉄の魔女は、間違いだらけの文法を黒板に書き出して同級生に直させた。
悔しさで顔を真っ赤にして作文をねじり曲げるスガヌマ。
それから一週間、スガヌマは学校に来なかった。
心配する同級生たちはある日
「勉強をしないから、と、鉄の魔女がスガヌマのお母さんに言って鳩を全部売らせた」
という噂を聞く。
鳩を買い戻そうと、教室の共同募金箱からお金を抜き取った同級生達は
教頭先生(菅野公)に呼び出される。
「元々は自分たちのお金だから返してもらうだけ」
と突っ張る子供達だが
教頭先生から「スガヌマが先生の鞄に金魚蜂の水を入れたから弁償するために鳩を売った。自分のした事の責任は自分で取るんだ」
と逆に諭される。
どうにもできない現実という壁に、こどもが初めて向き合あってしまった瞬間・・・。
「スガヌマくんはどうやって学校に出てこられるようなったの?」
山口かおりからの返信。
どうやって出てこれたんだっけ・・・?
シバタに訊く順平。
≪恭子と小松≫
恭子はラジオドラマのプロデューサー・小松(岩尾亮)と会っていた。
小松は恭子に思いを寄せ、プロポーズをしていたらしい。
「今はそんな気持ちになれない」と断る恭子。
「共依存」という言葉を知っているかと、恭子に問う小松。
恭子は順平の世話を焼く事で、恭子もまた順平の存在に依存しているのだと言う。
このままではいけないと、知り合いの医者に会う事を勧めるが、
恭子は「私達姉弟の事はほうっておいてください」と、とりあわなかった。
≪プー子とスガヌマ≫
中学生の頃。
誰か一人をクラス全員で無視する
そんな事でバランスを保っていたアンバランスな年頃。
そのターゲットが、プー子(庄本緑子)。
一人校舎の隅で、ウォークマンを聴きながら本を読みパンをかじって昼休みを過ごす。
スガヌマはいじめの代表格の数人に、体型をからかわれるのを嫌がっていた。
プー子と離れた校舎の隅で、スガヌマも一人。
そこにシバタが現れて話し掛けてくる。
大きな声でプー子の悪口を言うシバタに静かにするように言うと
「俺の声は誰にも聞こえない」と言う。
ふいにプー子が「余ってるから、いるならあげる」とパンを差し出す。
戸惑うスガヌマ。
相手にするとお前もいじめに遭うとシバタ。
シバタの声に抵抗するようにパンを貰う。
「何読んでるの?」。スガヌマも話し掛けた。
プー子はサリンジャーのライ麦畑でつかまえて、と答えた。
スガヌマには分からない。
次は聴いている音楽。
思いもよらず音楽の趣味がぴったり合った二人。
ボンジョビ、マイケルジャクソン、ボーイジョージ、a-ha・・・!
盛り上がって、プー子の家にレコードを聴きに行く約束までした。
聴いているテープを借りた時、
いじめの代表格の同級生(飯野智行・岩尾亮・加藤和也)に見つかってしまった。
詰め寄られて「何も話してない。このテープは取り上げただけ」と言い訳するスガヌマ。自分と話をすると相手もいじめに遭うことを知っているプー子は黙っている。
「じゃあそのテープを踏みつけろ」と命令されて
言われるがままにプー子の目の前でぐしゃぐしゃに踏みつけた。
走り去るプー子。言葉にならない叫びをあげるスガヌマ。
依存症の家族
とあるテレビ番組。
出演者は顔をモザイクで隠し、ボイスチェンジャーを使って
司会者(菅野公)に家族の抱える問題と現状を切々と訴えていた。
過食と嘔吐を繰り返す、男に依存してすぐに体を許す、
一回に頭痛薬を一箱、栄養ドリンクを7本、薬がないとどしようもない不安に陥る、
etc.。
ここはテレビ番組の収録スタジオだった。
気分転換を理由に、依存をテーマにしたテレビ番組の収録に
恭子を連れ出した小松。
小松はプロポーズを断られても
「このままでは君も順平君もだめなんだ」と必死に説得を続けていた。
このままではいけないことは分かっているけど、どうしたらいいのか分からないでいる恭子。
「助けてって言わないと。」と小松。
高校の頃。
高校の頃はバンドを組んでドラムを叩いていた。
その想い出に突き当たって、突然山口かおりを思い出した順平。
ある日、高校2年のかおりと同級生(山村素絵)は中学の同級生(野村千穂)
に誘われて、その先輩に会う事になった。
憧れの札付きの不良(この場合読みはワル)な先輩(出口綾子)に会い、誘われるまま
先輩の元彼「しょう」(飯野智行)の家へ。
しょうの家には、バンド仲間のスガヌマとサミー(川井"J"竜輔)がたむろしていた。
先輩としょうは口論になり、先輩は後輩を連れて、
かおりたち二人を残して出て行ってしまう。
そこで始まる悲劇。
最初は優しかった。
流行のバンド、BOOWYやバービーボーイズ、レベッカの話、
しょう達のバンドのギクのビデオを見せてもらったりして話が弾んだ。
そのうち、しょうとサミーが悪巧みの相談を始めた。
止めるスガヌマ。
「ヤらないんなら見張ってろ」と命令される。
かおりたちは別々の部屋に引き離された。
しょうとかおりの部屋の音楽が急に高鳴った。
大騒音で鳴り響く「B・BLUE」、馴れ馴れしいサミーの態度、
だんだん不安が募る同級生。
スガヌマは、同級生を逃がした。
サミーと大喧嘩になり、隣の部屋のしゅうが様子を見に来た隙に
「君も早く帰れ」と叫ぶ。
慌てて帰ろうとするかおりを無理やり部屋に押し戻したしゅう。
かおりの叫び声が音楽にかき消された。
「・・・思い出してくれましたか。」
かおりのメール。
どうしてあなたにメールをしようと思ったか分からない。
だけどそれで自分が抱えている問題の出口が見えるような気がした。
(以下パンフより)
私、時々同じ夢を見るんです。
あなたと私の・・・。
私達はなぜか 校庭に立っているんです。
周りは暗くてとても怖そうで、
私はそれ以上前に進めないでいるのです。
でも、あなたは どんどん先に行ってしまう。
雨が降ってきて不安になり、
私もあなたを追って歩き始めるのです。
何時間も何時間も あなたを追って歩き続ける・・・。
何故こんな夢を見るのか・・・。
あなたにメールをし続ければ、
いつかあなたを見つけて、
あの暗い闇の中から出られる。
そんな気がして ならないんです。
あなたは、何処へ行ってしまったのですか。
夕暮れの部屋に、買い物袋にたくさんの食べ物を詰めてかおりが帰宅する。
おもむろに食べ始める。
食べれば食べるほど止まらない。
苦しみとも哀しみともつかない顔で、口に詰め込む。
同級生が高校生の姿のままでかおりの前に現れる。
「あの後、大丈夫だった?」
「・・・私もすぐに飛び出したから。」
安心して、自分がその後すぐ見知らぬ男子高生に告白された事を嬉しそうなに話す同級生。
一方的なのろけ話の声は遠のき、
かおりはまた、床にはいつくばって手当たり次第に食べ物を詰め込む。
激しい嗚咽と嘔吐。
恭子と順平の家。
恭子が帰宅して、順平に切り出す。
「このままじゃいけないと思うんだ。
何年?母さん死んでこのアパートに越してきて何年?
姉ちゃんもうなんにも考えられなくなっちゃった。
疲れちゃった。」
「俺の事はもういいから」
そんな言葉にやはり不安を覚えてしまう恭子。
慌てて、ごめんね と何回も謝る。
「姉ちゃんはなんにも分かってない!」
それでも謝り続ける恭子。
シバタが囁いた。
「お前に関わった人間はみんな不幸になる。姉ちゃんも、山口かおりも。
ちゃんと思い出せよ、あれからのことを」
もう一度、高校時代の事を思い出す順平。
先輩達が出て行ったしゅうの部屋。サミーという人間はそこに存在しない。
いるのは、太った「高野順平」としゅうとかおり達。
言い出したのは順平だった。
冴えない自分を変える一大決心だったのかもしれない。
かおりたちは別々の部屋に引き離された。
しょうとかおりの部屋の音楽が急に高鳴った。
大騒音で鳴り響く「B・BLUE」、緊張でたどたどしくも、
「太ってる男は嫌い?」などと言い寄る順平。
最初は話を合わせていた同級生も、
順平の手が体に触れた途端態度をひるがえして
「はっきり言って、太ってる人はイヤだから!」
言い捨てて出て行ってしまう。
拳で床を叩きつけながら叫びだした順平。
驚いて飛び出してきたしょうとかおり。
いきなりかおりの腕をわしづかみにして、部屋に押し戻す順平。
順平の行動に驚いて止めるしょう。
その隙に逃げるかおり。
「なにやってんだ、デブが」
しょうになじられて激しく嗚咽する順平。
思い出した過去を認めたくない順平。
シバタが言う。
「本当のお前はそんなに華奢な男じゃない。
俺のような大男でもない。
スガヌマなんて奴はいないんだ。」
スガヌマは順平の本当の姿だった。
バカでデブでどんくさくて、何をやってもだめな男。
自分と向き合う術をなくした順平は、記憶の中で自分を他人に摩り替えて
自分から逃れていた。
人の記憶は自分の都合のいいように塗り替えられるものだ。
思い出のスガヌマから現実の順平に。
うそだ、うそだ! 太った体を揺るがしながら叫ぶ順平。
本当は、分かっている。
姉ちゃんのせいではない、誰のせいでもない、すべて自分が悪い。
変らないといけないと分かっている。
けれど、怖くて怖くてしょうがない。
頑張って外に出ようと思っても、
また、誰かが自分を見て笑うのではないか
また、失敗してしまうのではないか。
恐怖で体が動かない。
できるよ、と
小学校時代の1週間の不登校の後に学校に行けた事を例に出す恭子。
「僕は、いつから僕でなくなったんだろう。
僕は、あの時からやり直さないと本当にだめなんだろうか?」
かおりは返信の来なくなった順平に、ずっとメールを送り続けた。
≪恭子とかおり≫
恭子と順平のアパートにかおりが訪れた。
「順平はこの部屋から出て行ってしまったと思ってる。だから私もこの部屋を出ようと思う」
その前に、主のいなくなった順平の部屋をかおりにだけは見せておきたかった。
特にパソコンの中。
かおりがパソコンを開くと、かおり宛の未送信のメールがあった。
メールを読むかおり。
順平はいなくなってしまったけど、あなたも私も生きている。
小学校の頃。
同級生達に迎えられて、
照れくさそうに再び登校する順平。
「全員で遅刻しちゃおうか!?」誰かが言った。
無邪気に笑いあう小学生たち。
-------END-------
(2004/04/15)